ホーム »目次 »我聞28 あなたに贈る詩集

 

 

愛    瀬川 宗一

千古の森の樹陰を縫って
太陽の光は そのこぼれ日を
朽ち果てようとする木の葉にまで
やさしく光を投げかける

神の悲願が吾々にあって
吾々は神の手となり足となり
口となるために生かされ
血潮は真理のゆえにふるえる

神は私たちと共にあって
生きとし生けるものの上に
生きる権利を与え
男と女はその掟の従って
愛の旋律を奏でる

その旋律に神々は応えて
愛の証しをされた
生めよ 増えよ 地に満てよ
かくて神の手からしたたった
一滴の水の玉は 無垢の魂となり
新しい生命が誕生し
恥ずかしそうに身を丸めて
母の胎内に息づく

神の愛はその心に
生きる希望を与え
やさしさと愛の真理を教え
素直に生きよと勇気づけられた

やがて時が満ちて
母の胎内から出た幼子は
生きるしるしを声に出して
神の愛に応えた

(ある年のお正月にぼんやりと、テレビでカナダかの森の風景を見ていると、
 独りでに浮かんできた詩だと耳にしています:我聞)

 

エデンの掟 Ⅰ     瀬川 宗一

自分が自分の素性(すじょう)を知らないために
地球には病気が繁殖(はんしょく)していた
病気は 祖先である 彼らの
二人の人間の 伝説に拠(よ)っていて
その因縁のゆえに お前も彼らもやがて死ぬ
そして 人類が死に絶える時
エデンの予言の伝説も終わる      

貴方は 父である貴方は
父の子である貴方の中に
貴方の神話は存在し 
全てを認めざるを得ないのに
ただ 信じられないがために
人類は自らが創り出した
人類の累々(るいるい)たる墓場に行くしかない
地に生きる貴方も 明日には行くので
本当は何の言葉も理解も必要はない

母親の産んだ この貧しい肉体の隅に潜んで
この世という 茫漠たる海に投射される
虚像の彼方に やがて浮かび上がるものを
確かに捉えてみたいとする 潜かな思い
私の心なる鏡の前に観る 幾万の虚像と
想念の波の中から浮かびあがる 一つの実像の真実
それは俗世のパンの原理から来る 狂気と欲望
快楽と苦痛 弱者と強者 愛憎と利害
また 神と宇宙とイディアに至る人間的なるもの
超人間的なるものを分かち解く鍵が
ここに在るを知らないか

 

エデンの掟 Ⅱ

奪い合い 闘い取る社会にあって
分かち合う心から仲間が生じ 家族が生じ
愛し合い 与え合う心が
この世に神の国を創り出し ユートピアを実現する

この世で 他を顧みざる
欲望 願望達成に人の心が赴(おもむ)くとき
汝の心は不毛の地となり
心の砂漠に修羅の風が吹き荒れ
全てを捨てなば 心に平和が訪れ
他の幸せを願い祈るとき
心の砂漠に情の花が咲き乱れ
芸術は人の心に 自然の美と潤いを与えて
心の真中に 花園を復活させるだろう

貴方はエデンの園から
追放され 地獄に堕ちたのでなく
地獄を巡って エデンに還るために
エデンから出されたに過ぎないのである

 

エデンへの帰趨(きすう)

人は何故 音楽を聴き 絵画や書を観るのだろうか
それはただ 
巧妙な旋律や絵画や書の精緻な技術に感嘆するのではなく
人間の人間たる感性や感覚の奥にある 何かを目覚めさせようと
思惟し思索する想いが 作者の心と一つなるとき
彼らの内なる神話に触れて
固く閉ざされた心の扉が開き 内なる底なし沼に神の光が射し込む
それはまた、人間本来が持つ エデンへの帰趨(きすう)本能だろうか

人は何故 自然を愛し 森に分け入り 湖や池のほとりに佇み
風の音に耳を傾け 山の頂きから下界を眺め 
打ち寄せる波に耳を傾けるのだろうか
それは神が創った景観や美観を通して神を窺い 
その心に触れたいとする エデンへの帰趨本能が人をいざない 
自然に抱かれ自然に溶け込んで 人は死を通した永遠の平安の中で 
自らの生を終わりたいと想うのだろうか

人は何故 男女が分かれて愛し合い 
その愛が永遠なることを祈るのだろうか
それは乾ききった人間社会に潤いを与え 希望と喜びと夢を与えて
この世をロマンに満ち満ちさせて 人の心をエデンに繋ぐこと
その意義のゆえに男女が出会い その掟のゆえに愛し合うのだ
だから人よ 男が女に向かうのは 愛に向かう始まりであり
男女が抱き合うのは 人間のエデンへの帰趨本能に過ぎないのだ

人は何故 自らの死を意識するのだろうか 
自らの死を意識しなければ 生の意義や真実を知らぬばかりか 
その人生観は軽薄となり
無為に生き 無策(むさく)に時刻(とき)をすごして 
無情の中に死を迎えるのみ
しかし人よ 貴方が死を見つめるとき 
限りある世なればこそ わびを覚え
自分の内なる さびに目覚めて 
エデンへの帰趨を果たすだろう

 

出 家

命とは何ぞや 生きるとは何ぞや
吾れ命もて生きしに 命を知らず 生きるを知らず
無為に生き 無策に命を燃やし 命の明滅する齢(よわい)を迎えるも
無明の闇に包まれて 真実の目を閉ざす

只ひたすらに世間の性(さが)に従い 
人並みの営みに時刻(とき)を過ごすも
利害損得に翻弄され 醜く喜怒哀楽に明け暮れるも
世間に居て世間を知らず 生きて生きる真実の道を知らず
身の飢えを癒せても 心の飢えを癒す糧はいずこにあるや

吾はある日ある丘に登り 野の果てに沈みゆく夕日を眺め
今は亡き父母を偲び 孤独のなかに死を見つめ生を考え
寂寞とした心の荒野を 糧を求めてさすらう飢えし孤狼のように
世の奥に心の奥に隠された 真実を求めて止まざる吾を観る

真理の道は遠く人生は短く 人生を捨て吾が真理の道を行くか
真理の道を捨て吾を捨てて 家族のために空しく世を生きるか
吾は懊悩(おうのう)し悩み苦しみ 
思いは巡り巡って夜毎の褥(しとね)に寝もやらず
ついに生きて死する道を捨て 真実を求めて求道の旅に赴(おもむ)かん

吾は密かに暁に家を出 頭(こうべ)を垂れてひたすらに歩み
やがて我が家を眼下に見下ろす峠に至り 吾は初めて振り返り
妻よ吾を許せ 子よ吾を許せ 吾は止むに止まれず吾が道を行く
吾が頬を伝う一筋の涙は 吾に迫る万感こもごもの思いの涙

古今東西の求道者たちは 全て一度はこの関門を潜り求道の旅に出る
そして彼等はこの故に涙をも捨て 再び振り返ることはなかった

ファイシン ファイ・シンフォー

 

雲 水

吾は時に雲の如く風のまにまに 水の如く流れに逆らわず
自然なる曠野(こうや)にさすらい 雪深き山路を征きて
人に遇(あ)わざれば無始無終なる 永遠の時刻(とき)を味わい
四季のまにまに移り行く 山川草木の変化を楽しむ

吾は唯 如何に生くべきかでなく 如何に死すべきかを尋ね
仏なる声を求めて 地に伏し 山に寝 時に瞑想し時に合掌し
自然なる曼荼羅(まんだら)の只中に座し 生死を超えた宇宙を観じ
風のざわめきに耳を傾け 風は般若の読経となって心に聴聞し

吾は唯 白骨と化した獣の亡骸に 穴を掘り土を被せて葬り
無常に名を借りた 無情の世界に生きるを悲しみ
空(くう)に名を借りた 無常の世界の慈悲を求めて
風に舞い水に漂い ひたすらに声なき声を探す

吾は唯 生きるも死するも 目覚めるも冥するも
生死の輪廻の川に漂う 一粒の命のかけらに過ぎず
生きるを任せ死するを任す 力なき一つの生き物に過ぎないのか
神仏が吾に与えた命は 世をほんの一時生きる命に過ぎないのか

吾は時に座して瞑し 吾を含めた命の群れが世に生きて
死するまでの短い命を燃やし 世に何を成し何を学ぶべきか
吾が命の価値と存在感が持つ 世に生きる輝きとは何か
吾が命の終わる時 世に遺す価値と存在感とは何か

時刻(とき)満ちて佛の曰く 汝の命はかなくも
生きし命に智慧の輝きを見ん 成したる行為に佛の境涯を観ん
はかなき世なればこそ 短き命ならばこそ汝は求め
求めし真理は 汝の魂の内に宿って永遠なり

 

涅槃寂静の境地

吾は時に山頂に座して 下界を見下ろし 
時に大自然に包まれて 樹下に座し時に瞑し
俗界から放たれた心は 天地の狭間を自由に飛び
時に肉を離れた魂は 頭上を舞って肉を見下ろす

瞑すは死に繋がり 永遠なる涅槃寂静の境地を吾に与え
副なる自然が主となって吾を包み ただ安らぎのみ満つ
木々は語りかけ水は囁(ささや)き 風は般若の読経となって吾を悟し
果て知れず広がる虚空は 吾に限りなき世界を教える

山川草木悉皆仏性(さんせんそうもくしっかいぶっしょう)の只中に生きて 
俗界の目は見る目を見失い
無始無終(むしむしゅう)の自然に生きて自然を見ず 
無限の仏に囲まれて仏を観ず
得て喜ぶ小我(しょうが)の点喜に酔いしれて 
与えて喜ぶ大我(たいが)の法楽を見失い
限られたこの世の命を生き 
永遠を求めて喜怒哀楽の坩堝(るつぼ)に入る

生者必滅 会者定離 是生滅法 生滅滅己 寂滅為楽
(しょうじゃひつめつ えしゃじょうり しょうめつめつい じゃくめついらく))
誰ぞこの法(のり)を超えんや 世の全てのものは この法の掟に従い
姿形あるものはやがて 褪せ枯れゆき 崩れ壊れゆき 薄れ消えゆき
これぞ世の真実の姿であり 色即是空はこの事実を人々に問いかける

ならば そのはかなき世を 吾が短き命を如何に生くべきか
それは世のはかなさを知り 
死なる終わりを知って生きることに尽きよう
人は旅は終わりあるが故に 
旅を心ゆくまで楽しみ味わい心に焼き付ける
それが人生の旅人の真実の姿であり 
寂滅為楽はこの境地を吾に教える

老いたるが故に 観たるが故に 知ったるが故に童に戻りし吾は
ひたすらに吾が旅を楽しみ 移りゆく世と人との出会いを楽しみ
吾が心は無常を超え 形を超え時を超え 
童心に還って無我のさやけさに入る
日が落ちれば草の褥(しとね)に寝 日が昇ればそれを拝み
大自然を友として
童は草花と話し 水に呼びかけ 風と戯れ 虫と遊ぶ
その姿には人の世を忘れ 歳を忘れ 死を忘れて
無心に生きる吾を観る

 

死(涅槃)

キリキリと秋の虫が夏の終わりを告げ 
渺々(びょうびょう)と吹く風が冬を知らせる
やがて山々は雪化粧に包まれ 生きとし生けるものの活動を拒み
獣たちは身を丸めて穴にこもり 雪解けの春を夢見て深い眠りに就く
そして山も野も森も深々と静まり 
一切の色を失って冥府(めいふ)の園と化す

オンドルの温かみさえ感じざる 燃え尽きし命の灯火は肉をも凍らせ
揺らめく部屋の明かりは 吾に吾が命の終わりを告げ 冥せと迫る
この清らかな穏やかな吾が思いは何か 
肉を去らんとする魂の憩いの故か
生の最果てに起って死を見詰める時 
死もまた 魂の故郷への旅の初めか

吾は燃え尽きんとする命の灯を掻き立て 
万感こもごもに人生を振り返り
愛や慈悲 情が織りなす人の世に 想いは巡り巡って果てなく続き
尊き縁(えにし)に結ばれて生きし命に感涙し 
吾は合掌の中に永遠の別れを告げ
再びこの世でまみえん事を夢みて 
黄泉(よみ)への流れに身を任す

世が遠くなり闇が空間を満たす時 
射し込む次元の光に導かれて歩む吾
やがて一条の光が拡大して吾を包み 
次元を超えた世界を吾に告げる
肉を脱ぎし吾が身は黄金に輝き 
その光芒は太陽に似て十方世界を照らす
アメリタ アメリタ アメリタ 
勢至 観音 両菩薩が吾を迎える

ファイシン ファイ・シンフォー

 合掌

瀬川 宗一

 

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