涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)の境地

 禅

禅とは
我が真芽(しんが)なる心に至ることなり
自然なる阿吽(あうん)の胎動に呼応する
自然と一なる我に還ることなり
(たけ)き煩悩から遠く離れ
黙然として一点を凝視し
あるいは端然と座し瞑想し
寂然と静謐(せいひつ)の中なる
宇宙の因なる部分に座禅して
悠久にして永遠なる時刻(とき)を味わい
無記なる真に目覚め
無上の法悦に浸り
無始無終に融和することなり

そして私は永遠を貫く境地に、我を無くして融合し、天地との和合を果たす。
そして、その世界から人の住む世界を観ればこうである。

 無明(むみょう)

宏大無辺な大宇宙の一点にあり
悠久の時刻(とき)の一刻(ひととき)を生きる
生命なる我の思惟するは何か
運命の大河に流されて流れるを知らず
生かされる中に生かされるを知らず
流れに逆らいて果てなく苦しみ
生きんとして喜怒哀楽の坩堝(るつぼ)に入(い)
生命(いのち)の果てに至るまで目覚めぬ我
その哀れさをも知らぬ我
そは無明(むみょう)に生きる 人なる我なり
と、人の哀れが解れば、教え導こうとするのが親の宿命、神仏の慈愛の業(わざ)なら、それを手助けするのが使徒の役、僧の使命ではあるまいか。   

そして私は30年にわたる精進と、神仏の助けと導きによる深遠で深淵の世界から、愛する人類にメッセージを贈ろう

 


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