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アクアリウスの時代

アクアリウスの時代

この世の中が末法といわれるピッセスからアクアリウスに移っていくその時、我々は本当の混沌、混乱の世の中に入っていきます。

アクアリウスとはすなわち霊気の時代。
それはまた、人間の大きな精神性の高まりの時代でもある。銀河系を一周し元に帰って来たこの時代にこそ原点に戻り、本当の教えが世に現れるのです。今ある宗教がこれは矛盾だと感じられる人が現れてくるのです。

そして、瀬川宗一先生の正法は反省という魂の救い、禅定という魂の真実のあり方を教えてこられました。
それはこの新しいアクアリウスの時代に即応するためでありました。

水瓶とは、実は神の子宮のことをいいます。
神様の水瓶(子宮)の中に入っていく時代です。妊娠すると胎児は母の羊水の中に入っている。それは正に安らかなエデンの園である。
神が人類にきびしい台風圏で滅び、濃霧圏で迷えというのではなく、穏やかな南極大陸(エデンの園)へたどり着くための創造神の導きであり、創造神の子宮(神の子たちの宿る家)に還ることをいうのです。

ここで世の母親にお尋ねしたい。 自分の子供が5人いるとします。その子供たちが兄弟姉妹であることを忘れて、いがみ合い憎み合って、血で血を洗うような喧嘩をしたらどうなるだろうか?
それは必ず、こんなことになるのだったら、自分の子宮に戻してやりたいと嘆くだろう。この世に出してやったがために、兄弟がここまで憎しみ合って喧嘩をするのか・・・同じように神という母親から見たら人類は皆子供です。その子供たちがあちこちで殺し合いをしている。
エスカレートしていくばかりで不安な時代である。

今、人間関係の中には情というものがなくなり、憎み合わないまでも、自分以外に関心が薄い。自分さえよければ自分の家族さえ幸せであればという風潮で、人間が作った宗教で喧嘩し、世の中を救わなければならない宗教で殺し合って世界に争いが絶えない。

知恵ある人間は決して力で争って決着をつけてはならない。人間だから話し合うのです。
神から見たら子供である人類は皆兄弟です。その兄弟が力関係で争って殺し合うことを親である神が喜ぶはずがない。
人は皆、あなたの母が命がけであなたを産み、命がけであなたを育てたなら、その命の価値は無限であり、無限なる命を尊ぶなら、己の命の重さと同様に人の命も重いのだということがわかる時、殺し合いということはできません。

人々の素朴さの中にあった暖かい心も、親しみや人情や素直さも、膨大な物質文明に押しつぶされ、人々の心の中に、無情の冷たい風が吹き抜けて見る影もない。
人間よ、これで良いのか、本当にこれで良いのか、心の中に平和がなくて平和が続くのか、永遠の栄えがあるのか。

神に近いようなすごい知恵をもつ人間が、力で争ったら滅びてしまうだろう。
神が、「人間をこの世に生むのではなかった」と、神に後悔させないように人類は考えるべきである。人類愛に目覚めるべきである。

今、地球上の現象はすべての面で難儀の様相を呈し、原因と結果の法則の中で人類は一斉にウミを吐き出し崩壊して、20世紀から21世紀に移るための大掃除の節にある。
人類が更なる進化をとげるためには、今までの思いや考え方を反転思考で反省すべきである。

太陽系は13000年という周期をもって、フォトンの中へ入いる。フォトンの影響下に入るのは常に、「しし座」と「水瓶座」に位置する時代であり、フォトンにある期間は霊的進化が加速され、その惑星の極移動がおこる。

物理学的には光は光子(フォトン)であり、波としては電磁波といわれる。これは高次元の電磁波エネルギーであり、水瓶の時代は人間はじめ地球上のあらゆる存在の進化を促進する。

歳差現象といって、地球の地軸が23、5度傾いているために、26000年に一回の割合でコマのように首振り運動をして、春分点で毎年西にわずかながら移動する。そのためにこれまで2100年間 「魚座」にあった春分点は、次の2100年間にわたり「水瓶座」に入るためアクアリウスの時代と呼ぶ。


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