第二次世界大戦の終結後、ふたたび米ソの両大国が対立し、世界を二分する冷戦時代が続いたが、やがてソビエト連邦が崩壊した後、アメリカは世界最強の軍事大国にのしあがり、世界に敵なき存在となった。

 しかし、そのことが逆に世界の平和を脅かし、国策と国益を優先すべき国家制度の中で世界の警察、裁判官を任じて、いま逆に世界の顰蹙(ひんしゅく)を買う結果を創りだしつつある。

 しかも、自由民主主義アメリカの選挙のあり方が、後援者や有権者の好意と援助によって成り立つが、ともすれば民意をなおざりにして、後援者や有権者の思いや考えを優先しようとして政治に重大な偏りが生じ、それがアメリカをして大衆の思いや考えと合致しない方向に行動しかねない欠陥を露呈する。

 しかし、これはあながちアメリカばかりでなく、同じ自由民主主義を標榜する日本にあっても、後援者の寄付行為や、自分に投票してくれる有権者の利害に振り回され、政治家の心を歪められる弊害も同じである。

 だから日本もアメリカも、今の選挙制度を改めない限り、公明正大な自由民権の政治はできそうになく、議員立法の改革にのぞむべきだろう。

 アメリカは建国後の南北戦争以来、自国の領土で戦った経験がなく、自国に敵が侵入し罪なき民衆が悲劇を受ける体験をもたないため、そうした他国の市民の痛みを知らず、しかも強者の立場に立つ者の横暴さすら忘れ勝ちとなる。

 権力を掌握した独裁者と同じく、そうしたアメリカの強大な軍事力を背景とした、自国の国策と国益を正義の名に隠した独断と偏見は、やがて世界から孤立するばかりか、それほど強大な軍備をもっても全世界を敵にまわせば滅亡することは当然となる。

 中東諸国を敵にまわしてするイスラエルへの加担。味方となった国や民族の使い捨て。 見殺し。その目にあまるやり方はやがて世界の知るところとなる。

 だから同盟国の一員としての私たち日本こそ、心あるよき友としてアメリカに進言せずにはいられないのだ。

 しかも今、世界の国々では、戦争では憎しみと恨みと根強い復讐心を相手にもたせるだけで、得るものは何もないことを理解しつつあり、相手の存在を互いに認め合い、認め合えば互いに対等の立場に立って話し合いあるのみを知る。

 だから、世界がそのことに目覚めようとするよきチャンスに、われわれ東洋の人々が物質文明に目がくらんで、昔もっていて今失いつつある精神文明にもう一度目覚め、精神文明国の先輩として彼らに教え導く義務がある。

 昔、インドといってもヒマラヤの麓に住むシャキャ族の王、シユットダーナの王子ゴーダマ・シッタルータ、つまり後に釈迦と呼ばれた仏がおられ、民衆に仏教を説かれたが、その教えは、宇宙大自然の全ての生きとし生けるものは生命の名において平等であり、その生命の何一つ滅びても生命の輪のバランスが崩れ、滅びの道を歩む。と説かれている。

 しかも、大自然の仕組みは、動物は酸素を吸って炭酸ガスを吐き、植物はその炭酸ガスを吸って酸素を吐き、その輪廻のなかに有限なるべき空気を無限としているし、動物も食の連鎖のなかに共存共栄すると説き、それはあたかも人間の肉体で何一つ不必要なものはなく、全てが協調し助け合って肉体が維持されるのと同じである。と説く。

 そうした思索の深い智慧を得るには、欲や思惑や執着や煩悩を捨てることによって観自在力[心の真の自由性]を得よ。と説く。

 それでは心に観自在力を培えば、ものごとの理をどれほど広範囲に捉えることができるのか?

 ここに一粒の植物の種子があるが、この種子は、生の終末であり生の初めである。死の初めであり死の終わりである。

 生の終末であり死の初めである。死の終末であり生の初めである。生の実相であり死の実相である。生の仮相であり死の仮相である。親であり子であり、子であり親である。初めであり終わりであり終わりであり初めである。すべてであり一部であり一部でありすべてである。因縁の塊であり真理の結晶である。その生命は個の名において有限であり種の名において永遠である。

 どうだろうか?このように互いの立場や時間、思い考える心の支点や起点の置き方によって、正しさの基準はガラリと変わってしまう。だからすべての物事の一端を知って、すべてを知ったと錯覚してはならないのだ。まして自分の立場や側だけの判断で、相手のことを即断してはならないのだ。

 親と子の断絶。夫婦の不仲。嫁姑の相克。上司と部下。友人や隣人との仲違いの原因はすべて自分だけの立場で判断し、相手の立場に立って物事を見ようとする公平な眼、客観的な眼をもたないからだ。

 この無私で公平な眼は、いついかなる場合も必要で、特に国の長、大統領や総理なればこそ是非もたなければならないものである。

 このような一国のリーダーたちは、これから地球の周回軌道にのる宇宙船がもつと安全になり、ジャンボ旅客機のようなものの上に装着して、亜成層圏から宇宙船を発進させれば安全かつ簡単に地球の周回軌道に乗せることができるので、そうなれば指導者たちは是非乗るべきだ。

 そして、宇宙船から我らの母なる地球を眺めるべきだ。母なる地球が幾十億年の歳月をかけて創りだした、大自然のありようを伏し拝むべきではなかろうか?

 地球上にあなた達が人間の都合で線引きした国境が見えますか?
 それどころか自然の民である動物や鳥たちは地球上を自由に交通し、人間の愚かさをあざ笑っている。

 しかも、地球の表層を包む空気層は薄く、動物と植物の連鎖の新陳代謝で創り出す空気も、その供給源である凄まじい森林伐採の状況と、自動車や航空機の無制限の膨大な消費によって、やがて限界に達することも意に介さない文明の脅威は、人類が自身で己自身の首を締めるに等しい。

 だから世のリーダー達はこの地球を宇宙から眺め、私たち人類が地球の創始者でもなく支配者でもなく、地球に住むすべての生きものの一つに過ぎないと知ってもっと謙虚となり、地球のため、地球大自然のため、地球上に生きる生命のため、そして人類の平和のために何を成すべきかを、持てる知識と知恵を使って模索すべきだと思う。

 


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