過去三十年余にわたる正法の流布も、我が齢を重ねて最早八十一歳。しかも重度の障害者で酸素ボンベと車椅子と人の世話にならないと移動も講演もままならず、我が努力の至らなさを恥じ入るばかりだ。

 だからといって人類の未来に手をこまねいて、ただ死を待つばかりでは私の使命が果たせず、私は予言を死の寸前まで発し続ける覚悟でいる。

 何度も言い続けてきたように、人類に絶滅の終末は来ず、精神世界と相対する科学が万生万物の創造者である真の神を発見するだろう。その時、人間は万生万物の頂点に立ち、支配者として思いのままに自然を荒廃させ、人間が肉の性にしたがって全ての正義を力によって決着をつけようとする動物的な解決を止めるだろう。

 人よ、その事実こそが五島勉氏のノストラダムスの予言による、後の世に表れる天使人類の出現なのだ。

 しかも言わん。私こそが天使人類のリーダーとして人類を導き、人類を仏国土ユートピアに導く先覚者であり先導者であり、今の国家制度、宗教、思想、また肉の獣性から人類を解放させる維新の改革者なのだ。

 ゴーダマ・シッタルータ 釈迦牟尼仏の入滅の時代も、比丘、比丘尼、つまり男の修行者よりも比丘尼と呼ばれる女性修行者は、同性に対して憎しみと嫉みをもって物議を醸し出したように、私のグループでも同様な事が起こっている。当時も入滅を前にした釈尊が「比丘尼よ、お前達は水と油のように弾きあってはならない。水と乳のように溶けあいなさい」と戒められた。男にとって男は修行の生き甲斐でありよきライバルであり、修行の同伴者なのだが、男性の愛と庇護によって幸せをつかむ女性にとって女性は修行の同伴者ではなく天敵なのだ。

よく山門に女人禁制の立て札があるのもそのためで、独身女性は心の弱さと心細さから宗教に心を託して信仰に入るが、女人は修行に際してこの問題をどう処理すべきかをよく考えなければ、信仰には入っても修行どころではなくなるのだ。

だから女人は人を振り返らず、ひたすら教祖の教えのみに耳を傾けて修行に励み自分を超えて仏となれ。

人類よ、あなた方は何のために生かされ生きる。

 


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