昔、日本にあって世界に誇れるもの、それは礼儀[礼節ともいう]と謙譲[相手に先を譲る]の美徳だろう。

 老人の私は、昭和19年に運転免許を取得し今でも現役だが、現在の渋滞する道路での走行はストレスが溜まりほうだいとなり、それが人と人との心の摩擦となってトラブルが起きやすく、時として殺人事件にまで発展する。

 日本における自動車と道路事情の変革の歴史は、自動車を運転して58年にわたる私の歴史でもある。

 私は、現在の輻輳(ふくそう)した交通社会のギクシャクしたドライバー同士が、ストレスがいつ爆発するかも知れぬ状況の中では、できるだけ相手にこちらの意志が伝わるように努力する必要があり、どうしても割り込みせねばならぬ状況にたちいたれば割り込んだ相手のドライバーにわかるように、何度も何度も頭を下げて[悪い、すまない]の意志が通じるように努力する。

 また高速道路に出るときも右のシグナルを点滅させるだけでなく、窓を開け右手を出して[すみません、どうか入らせて下さい]と手で何度となく合図する。
 そのようにできるだけ、こちらの意志が相手に伝わるような挨拶や会釈をして、相手に腹を立てさせない努力をすると、もっともっと通行がスムーズに流れ事故も少なくなるだろうし、これこそ車を運転する者のマナーでありエチケットと心得てほしい。

 昔昔のその昔、エジプトの近くスーダンに一つの王国があったげな。
 なんだ、おとぎ話か?そんなおとぎ話をして何を云わんとするのか?と、きっと訝(いぶか)られることだろうが、それが実話であると記したら、「その時代はいつごろか?」「地図のどのあたりにあった?」「その王国の附近にはどんな国があった?」などと自称他称の歴史学者や考古学の研究家が、真偽を正す者われなりと騒ぎたて、真に私が云わんとしたことより、枝葉末端のつまらぬことで喧々諤々(けんけんがくがく)に終わることを恐れ、あえておとぎ話にした。

 その王国の王の名はクラーリョといい、不思議なことに他の王国の玉座は高台にあるのにクラーリョの座は一番低い位置にあり、他の王達は民の上に君臨するのに、クラーリョは万民に仕えるために政治をし、そのために一生王冠をつけることを良しとはしなかった。

 さらに、その王国は周囲を三つの国に囲まれているが、誰もクラーリョの国を警戒し兵を置いて守らせることを必要としなかった。
 何故なら、かの国は絶対他国を侵略したりせず、どの国に対しても絶対中立を守る現在のスイスのような存在であったからだ。
だから、その国と国境を接する他の国も、クラーリョの国と接する国境だけは安心して警備をせず、そのぶん信頼と尊敬がクラーリョの国にはらわれていた。
 そればかりか隣国が災難に遭えばその国を親身になって助け、亡命者は手厚く取り扱い人道に反することは一切しなかった。
 なぜなら、彼は後のアブラハムつまりアブラ[天にいる父、つまりサムシング・グレート]と、ハム[通信する能力を有する者]と同じ霊能力者だからだ。
 
 彼は偉大なサムシング・グレートの働きが、宇宙大自然や生きとし生きるものの全てを創造したまい、人を我が子として創りたもうた大意識の存在を知るがゆえに、その王や指導者の姿勢は、支配するのではなく、仕えることであることをクラーリョは知るからだ。

 そして、彼のような霊的能力者は、大自然の生きとし生きるものは互いに依存しあって共存するものであり、たとえば一輪の花は、蝶や蜂の力を借りて実を結び、風の力を借りて地に満ちることを知る。

 戦争において、世界で初めての原爆の洗礼を二度にわたって受けた日本。その日本は今のスイスのような永世中立国(えいせいちゅうりつこく)となり、混乱と対立し合い争う世界の国々の仲立ちとなって、かつてのクラーリョのようにどの国とも国交を樹立し、米国は世界の警察なら、日本は公平無私な良き調停人となるべきだった。

 今から約二十年ほど前、私は琵琶湖のあやめ浜にあった友人神田氏の別荘で禅定三昧(ぜんじょうざんまい)にふけった時だった。

 彼の別荘は湖岸にそって建てられており、建物から湖岸までは約10m四方ほどの庭は岸辺にまで続く。
 私がその庭で湖にむかって禅にふけっていた時だった、[エイリアン]と私の内なる言(ことば)が我にむかってつぶやく。
 そこで私は内なる言と対話を試みた。「それでは私は宇宙からの侵略者であり、宇宙大戦争の結果、地球を占拠した片割れか?」と叫んだ。
 すると私の内なる言(ことば)は呵呵大笑(かかたいしょう)していった。[それは宇宙の果てなるドバシャと呼ばれる地球に住む、意識レベルの低い人間の考えることである。見よ、彼らは有史以来、争いと戦乱の絶えることなく血を流し、互いに殺しあっている]と、あわれみに満ちていった。
そして、言(ことば)をついで[地球より意識レベルの高い生命が地球に侵入するには、人間の女性の胎内に胎児として宿れば、彼らは何の矛盾も抵抗もなく、喜びをもって我が子として受け入れ、愛と慈しみをもって接してくれる。そしてその最も合法的な方法で行う者こそ、永遠をつらぬく高度な愛を理解する者の仕業であることの証である]と私に語る。

 昨今のような成す術もなく、手のほどこしようもないような、正に滅亡的、破滅的様相を呈する人類社会も、彼らの言によれば何の矛盾もなく、友好的平和的な環境にもどす方法が二つあるという。
その言(ことば)の完璧さ、偉大さを認識するために、まず地球人類であるあなた自身で、頭脳の燃え尽きるまで、考えて考えて考えぬき、この問題について模索し思考してほしいと思い、私の内なる言を伏せておくことにした。

 しかし、内なる言がいかに偉大であるかを証明するために、人間の栄養と寿命の長短についてふれてみることにする。

 


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