仏法で無常という言葉がよく使われるが、無常とは世の森羅万象は、しばしも同じ姿形を留めず変化変滅することをいい、それは人生や運命ばかりでなく、人の肉体までもが、生、老、病、死、のパターンどおりに移り変わり、夢幻の現象世界と言われるように永遠なるものは一つとして存在しない。

 その変化変滅する様を深く見詰め思考すると、そこに原因と結果という法則があり、世の中の森羅万象や人生や運命や、人の肉体までもが原因と結果、作用と反作用の法則によって支配されて何一つ例外はない。

 とすると、我々人間はその法則を無視し、人や家族にまで嫌われ疎まれて財を遺し、自分や家族にも使えず使わさず、人にも使わせないで巨億の富を築いても、豪華な邸宅を建てようとも、地位や名誉を得ようとも、死ねばあの世に何一つ持って行けないものに執着すれば未練が残って、完全成仏を果たし死後の世界に旅立てるのだろうか。

 人間は満たせば満たすほど、疑心暗鬼で心が貧しくなり、妻や子供にまで心を許さず、心を閉ざして、ついには孤独の中に死を迎えて、淋しく消滅するだろう。

 人が人生や運命の中で、最も恐れ忌み嫌うものは死であろうが、その死なくては人の心が深められることがない。

 私の孫はやっと成人式をむかえたが、自由奔放で手に負えない性格の持ち主で親も頭を痛めている。ある日その孫が親友と待ち合わせて、もう一人の友人の車を待っていたが、その日は何となく気が重く疲れ気味だったので、その親友を残して帰宅した。

 孫が帰ってすぐに友人の車が来て親友を乗せ、阪神高速の環状線で暴走を始め、他の車に激突して即死だったという。

 孫は親友の突然の死に接し、しかも彼が車に乗る直前まで一緒だったので、心の衝撃が激しく、号泣した。

 葬式に参加し、友を焼き場に見送り、骨拾いで友の変わり果てた姿に接して、[人間も、こんな姿に変わり果てるのか]と感慨深く友の骨を見つめたという。

 自由奔放で、また直情的に何をしでかすか解らない青春を生きる孫も、この人生の一瞬こそ見流すことのできない、色々と考えざるを得ない出来事であっただろう。

 


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