[衣食足って礼節を知る]という諺も現代には通用せず、衣食が足れば足るほど人の心は疑心暗鬼の中で閉鎖的、排他的となるが何故だろうか?

 それはあるチベットの要人が、「近頃はロボットが人間化するに反して、人間がロボット化している」と言われるように、現代物質文明を生きる私たちは、特に日本人は、昔あった素晴らしいものを見失っているからだ。

 日本人は知恵に優れ、インドの仏教も日本で窮極をきわめ、道教がもたらす道徳も、義理人情も日本の中で定着して、金銭で己を歪めず義に強く、人情厚く責任感強く、奥ゆかしく、また恩を忘れず、礼儀正しく、女は淑やかに控えめに、男は思慮深きがゆえに寡黙に、全ての意味での貞操観念と和を第一義とする生き方をしてきた。

 パッと咲き、潔く散る桜の花を武士道に観て、武士道とは死ぬ事と見つけたり、死の無常を常に心に観じて、[人生が今日で終わるなら、人間は今日を、神の如く、生きるものを]と心の清さを保って生きてきた。

 しかし、敗戦と共に日本人は反動でその全てが悪いと決めつけて、美徳や美風を弊履(へいり)のごとく捨て去り省みようともしなかったが、その結果、辛うじて法律だけが人間の人間たるを量る規範とした、恥も外聞もない闇と地獄の世界を創りだしていった。

 虚勢と他を省みることのない一人よがりの自己主張と、乱交と非行と、正邪善悪の規範を持たない暴力と犯罪。卑怯と言わずにいられない老人や弱者や幼児に対しての詐欺や暴行、そして殺人。これでは全く人間ではない。

 彼らは、戦後の廃墟と化した祖国の再建と復興に、血と汗を流し一致団結した先人たちによって築いた、世界に冠たる現代の日本を破壊し、滅ぼしつつある。

 しかし、この事について若者だけに詰めより糾弾してはならない。この責任は皆にあり、廃墟の中で生きることに汲々として子供たちの教育を怠った我々にも責任がある。

 それは、かつて内需拡大を迫るアメリカの要望に応えたつもりの日本列島改造論以後、日本人全員が土地転がしに参加して、ついには北海道の原野の凍土までが値がついた。政府もそのゲームをよいことに、買わせては税金を取り、売らしては税金を取って国家財政を賄って、百年の大計を起てねばならぬ政治や政治家のあり方や、政治の貧困のつけが、日本経済を絶体絶命の窮地に追いやる結果を招いたに過ぎないのだ。

 ともあれ戦前から戦中、そして戦後から現在まで、厳しい軍国主義の教育を受けて、友は次々と戦場に送られて戦死し、日本国土が戦場と化して家は焼かれ住民は殺戮され、日本本土の沖縄は戦場と化して勝ち誇った米軍に、沖縄の人々はなす術もないままに虐殺され、ついには絶対に使ってはならない原爆の洗礼を二度にわたって受けて、多くの罪なき人々が地獄の劫火の中で焼き殺されて終戦を迎え、シベリヤに捕虜となって連れて行かれた人たちは、極度の食料不足と寒さと重労働に、凍土の中に倒れて異国の土に埋められた。

 物と食料の全くなかった戦後では、不正を嫌って闇の食料に手を出さない人たちは餓死し、一面の焼け野が原に、掘っ立て小屋を立てて雨露をしのいで人々は生活を始めた。

 そして現在のあり余る物と便利な電化製品に囲まれ、快適な家に住んで贅沢三昧に生きても、生み愛し、慈しんで育ててくれた親を、家計が苦しいからと姥捨て山に捨て、男と女が入れ替わり、自分の子の命を中絶し、自分は有名ブランドものを買いあさり、マイカーを乗り回しゴルフに興じ、海外旅行に大金を使っても自己の不明を省みることはしないが、その自己中心の幸せが続くだろうか?

 その戦前から戦中、戦後まで持っていたものの全てが良きものではなく、取捨選択の必要はある。

 例えば忠君愛国の精神だが、軍部の意向によって洗脳され熱狂的になることの危険性は、かつての日本軍国主義やナチズム、また今の北鮮の狂気に近い様が、その事実を如実に示していると言えよう。

 しかし、それ以外の修身[身を修する]教育は絶対に必要で、それなくして人は人で在り得ない。先生や医者は聖職であり、警官は人の絶対の信と尊敬を受ける公僕であり、社長は社員の親方であり、社員は社長の子分であり、その間は親と子の関係で結ばれているし、家主と言えば親も同然、店子と言えば子も同然なのだ。

 論語に“師の影を三尺下がって踏まざる”ほどに師を尊敬すればこそ、師もまた彼らの尊敬する師に成り得るのであり。友のために死するを厭わぬがゆえの親友であろう。

 現代の社会はあまりにも目まぐるしく、今今に必死なので、そうしたことを垣間見る余裕もないが、それゆえにこそ戦前から戦中、戦後を生き抜いて今に至り、移り行く世を見詰め続けて、しかも今社会の一線を退いて、静かに社会を顧みる老人の意見に、耳傾ける必要がある。

 戦後五十数年を経てできた今の心は、同じ五十数年かからぬと元に戻せるはずがなく、その子供たちに後を委ねるなら、日本人全員がこのことに賛同し、全てに優先させ、挙国一致でこのことに、取り掛からねばならない優先課題ではなかろうか。

 


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